鬼滅の刃「無限列車」を見て思ったこと

今日は不動産やNZとあまり関係ないことを書かせていただきます。

私はあまり映画館に行ってまでは映画を見ることはないのですが、鬼滅の刃「無限列車」は思わず映画館まで見に行ってしまいました。

惹かれた理由

思わず惹かれた理由は舞台が大正時代の東京であるからです。

私は昭和生まれですが、大正はその前の時代。
江戸時代や明治に比べると短くあまりなじみが無い時代ですが、昭和生まれの私にとっては近くて遠い時代の気がします。

また大正時代の東京というのも何か興味をそそられるものがありました。

主な登場人物の出身地も今では大都会ですが、当時はどれだけ田舎だったのか想像してしまいます。

・我妻善逸  東京府 牛込区
 今では高層ビルが立ち並ぶ副都心新宿区の早稲田や神楽坂付近。

・冨岡義勇  東京府 豊多摩郡 野方村
 中野区野方、環七付近や西部新宿線沿いの住宅街。

・煉獄杏寿郎  東京府 荏原郡 駒沢村 
 高級住宅街の代名詞である世田谷区の駒沢。

特に中野区や世田谷区が〇〇郡〇〇村というのが信じられません。

今では考えられませんが、ひと昔までは畑や田んぼが広がっていたのでしょう。

当時からこのあたりに土地を持っていたら今では億万長者どころか不動産王になれたと思います。

無限列車編の悪役のボス

ネタバレになるので詳細は書きませんが、無限列車編は前半と後半に分かれています。

そして後半には今回の悪役のボス「猗窩座(あかざ)」というのが登場します。

鬼滅の刃に出てくる鬼は救いようもない悪い奴ばかりなのですが、猗窩座は人間臭く、なぜか本当の悪役とは思えませんでした。

どちらかというと前半に登場する鬼である魘夢 (えんむ)の方が本当に悪い奴って感じがしました。

鬼滅の刃の鬼の大半は人を食って強くなる鬼が多い中、猗窩座は自らを鍛えて強くなりたい!という努力型の鬼という印象でした。

映画の中では後半の主人公的な存在である煉獄(れんごく)と猗窩座が対決するのですが、猗窩座は
「杏寿郎、鬼になれ。鬼になれば老いずいつまでも強いまま鍛錬し続けられる。」
というような言葉を頻繁に煉獄にかけるのです。

映画の結末は煉獄が猗窩座にやられてしまうのですが、やられる前も
「鬼になれ。そうしなければ死んでしまうぞ。」
というような言葉を煉獄にかけるのです。
(死ぬな!鬼になって一緒に強くなろうと言っているような気がしました。)

これら一連のやり取りを見て猗窩座(あかざ)という鬼に対し感じたのは切磋琢磨できる強いライバルが欲しいということです。

猗窩座
猗窩座

一緒に切磋琢磨できる強いライバルが欲しい!

スポーツも勉強も同じですが一人で続けるというのは地味で飽きてしまいます。
鬼でも練習相手や仲間が欲しいんだな・・・と感じた場面でした。

投資も同じです。
やはり一人ではマンネリ化してしまいますし、入手できる情報が限られてしまいます。

投資は競争ではありませんが時には切磋琢磨できる仲間やライバル的な存在の人も必要なのかと思いました。
なのでマンネリ化してしまったときや行き詰まったときはセミナーや大家の会に参加してみるのもいいのかもしれません。

以上、滅多に行かない映画館で感じた出来事でした。

ちなみにコロナが心配でしたが、密どころか観客は10名もいなかったと思います。
こんなに客がいなくて映画館は大丈夫なのか!?思わず心配してしまいました。



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